デス・オーバチュア
第140話「最凶の影」



「……ん?」
ウルト・ウルズことモリガンは唐突に目を覚ました。
体の疲れは完全に癒えてはいない。
まだ、目を閉じてから一日と経っていないのだろう……予定では後数日間は眠り続けるつもりだったのだが……強制的に目覚めさせられてしまった。
「星の軌道が狂う……いいえ、全ての星を、闇すら呑み尽くす暗黒が……全てを台無しにする……」
たった一つの存在の干渉が、全ての存在の運命を滅茶苦茶にする。
それ程までにこれは別格の存在だ。
まだ直接的に出現していない、近づきつつあるというだけなのに、すでに多くの存在と運命に狂いが出始めている。
「地の雷も、天の雷も、姫の闇さえ、その絶対の暗黒の前では……抗う術を持たず……破滅を告げるは琴の音……戦慄にして旋律……全ては無情に帰す」
彼女以外、誰も居ない静謐なる星々の世界に錫杖の音だけが響いた。



「…………がああっ! まだだっ!」
爆砕したはずのダルク・ハーケンの肉片が集まり、瞬時に彼を再構築した。
「ライトニングエクスプロージョンを堪えた!?」
「ヴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
絶叫と共に、ダルク・ハーケンの体の十三個のアンプジュエル(増幅宝石)が青く光り輝く。
「貪り尽くせぇぇぇっ! タイラント・アーク・ディバウア!!!」
十三の宝石からそれぞれ、巨大な電光でできた毒蛇が一斉に解き放たれた。
「くっ、仕方ない!」
ランチェスタが丹田の前で両拳を叩きつけ合わせると、手甲の小手の部分がスライドし、複数の穴が姿を見せる。
同時に、両肩、胸部、具足も同じようにスライドし、電光の迸る複数の穴が姿を見せた。
「鳴り響け、覇皇の咆吼! ダイナストハウリング!!!」
聖奏至甲の全ての穴から、一斉に電光でできた『ミサイル(飛翔爆弾)』が撃ちだされる。
十三匹の青雷の毒蛇と、五十発近い電光の飛翔爆弾が、互いを貪り尽くすように正面からぶつかり合い大爆発した。



「くっ……」
ダルク・ハーケンは雷魔装を失った姿で墜落し、床に叩きつけられた。
さらに、床をバウンドし、壁にめり込むように倒れ込む。
「……もっと速く、それを使えば……あなたの勝ちだったかもしれないのに……なんで使わなかったのよ……?」
ランチェスタも同じように、反対側の壁に倒れ込んでいた。
「けっ……こいつを使うと全エネルギーを使い切って強制的に雷魔装が解除されちまうからな……てめえ相手にそんなリスキーなことできるかよ……」
「結局、使ったじゃないの……」
「どうせもう限界時間だったからな……余力残しておいても仕方ねえだろう……ぐっ!」
ダルク・ハーケンは咳き込むように吐血する。
「ああ、そういえば、やたら時間を気にしてたわね、あなた……」
「雷魔装の装着限界時間は三十分……それを過ぎると……グガアアアアアッ!?」
ダルク・ハーケンは自分の体を抱き締めるようにしながら、のたうち回りだした。
ダルク・ハーケンの発狂したかのような叫びだけが辺りに響き渡る。
『ふん、組織崩壊か。天使喰いと雷魔装の共通の副作用……身の程を弁えぬ力を求めた代償か……塵芥に相応しき足掻きだ』
「グッ!? アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッ!?」
姿無き声が聞こえてきたかと思うと、ダルク・ハーケンの苦しみ方が変わった。
「何よ、これ!?」
ダルク・ハーケンの姿が空間ごと徐々に『ねじられて』いく。
「アアア……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
断末魔のような叫びと共に、ダルク・ハーケンの姿は完全にねじ切られて、消滅した。
「ほう、ギリギリで逃れたか? いや、何者かの手助けだな……何にしろ、塵とは存外にしぶといものだ」
ダルク・ハーケンをねじ切った空間の『渦』の中から一人の人物が姿を見せる。
地に着かんばかりの白き長い髪、魔性の輝きを放つ黄金の瞳、真っ白な寝着のような薄い着物は扇情的でだらしなく、遊女のような乱れた着こなしだった。
「……誰?」
ランチェスタは、この少女には見覚えはない、だが、この少女が身に纏っている言い知れぬ雰囲気だけはなぜか覚えがあるような気がする。
少女は、手に持っていた『琴(東方の横琴)』を大事そうに床に置いた。
『誰というのは、『我』のことか? それとも、この『器』のことか?』
少女は自分の胸に左手を添えながら答える。
「器って……」
「ふむ、そうだな、足りぬ魔王の代わりに贄として使ってやろう。喜ぶがいい、この我が貴様を仮初めとはいえ、魔王と認め、魔王として扱ってやろうと言うのだ……感謝して噎び泣くがよい」
「何を言っ……!?」
突然、目の前に少女の姿が出現したかと思うと、ランチェスタは少女のか細い右手で顔面を鷲掴みにされた。
か細く、白く美しい指からは想像もつかない異常な握力がランチェスタの頭蓋を握り潰そうとする。
「ふむ、やはり、琴姫(ことひめ)の体では、思うように力が出せぬな……まあ、そのおかげで我の存在が目立たぬのは都合がよいがな」
少女……琴姫はランチェスタを宙に放り上げると、自分も後を追い跳躍し、彼女の後頭部を鷲掴みにして顔面を壁に叩きつけた。
「ダークシェイビング!」
琴姫はランチェスタの顔面を壁に押しつけたまま、床に向かって降下を始める。
そして、床に着地すると同時に再び跳躍する、無論、ランチェスタの顔面は壁に押しつけたままでた。
琴姫はランチェスタの顔面を壁に押しつけたまま、何度も何度も、跳躍と着地を繰り返す。
「ふむ、これくらいでよいか?」
琴姫はランチェスタの『反応』がまったく無くなったのを確認すると、跳躍と着地の繰り返しをやめ、着地と共にランチェスタを宙に放り投げた。
「では、力の塊へと還るがよい。魔皇……」
琴姫の全身からこの世界を覆い尽くすかのような計り知れない瘴気と暗黒の闘気が溢れ出す。
「暗黒拳!」
琴姫の突きだした右拳から、膨大な黒い光のような闇……『暗黒闘気』が撃ちだされた。
その技の姿は、ルーファスの光輝天舞に酷似している。
掌と拳、光輝と暗黒という違いを除けば、まったく同じような技だった。
彼女の何倍もの大きさの莫大な暗黒闘気が、ランチェスタの体を呑み込もうとする。
だが、その直前、小さな黒い球体がランチェスタの目前に、彼女を庇うように発生した。
黒い球体は襲いかかる暗黒闘気を、物凄い吸引力で、吸い込んで消滅させていく。
その様は、星界や宇宙に存在するというブラックホール(全てを吸い尽くす黒渦)のようだった。
撃ちだされた暗黒闘気が全て吸い尽くされると、黒い球体は消滅し、ランチェスタの姿もその場からすでに消失している。
「ふん、『闇』の仕業か……こざかしい、それで我から逃れたつもりなら、救いがたい愚者だ」
琴姫が無造作に左手を突きだしたかと思うと、その指先が空間に溶け込むように消失した。
琴姫が左手を引き寄せると、その指先には、気を失ったランチェスタを抱きかかえた『D』が掴まれている。
「闇よ、なぜ、我の邪魔をした。返答によっては、貴様があやつの物とはいえ、ただではおかぬぞ」
「……ランチェスタはわたくしの宿敵です……例え、貴方でも譲るわけにはいきません……」
Dは琴姫を強く睨みつけた。
「そうか……ならば、共に滅するがいい」
琴姫はDをランチェスタごと、軽いボールのように壁に投げつける。
琴姫は右拳を腰の位置に引き絞ると、体中から瘴気と暗黒闘気を爆発的に放出した。
そして、壁に激突し、ボールのように跳ね上がったD達に向けて『照準』を合わせる。
「お気に入りの下僕と喧嘩相手を同時に我が始末したと知ったら、あやつもさぞ怒ってくれることだろ……それとも、こやつらにはすでに何の価値もないか、あやつにとって……魔皇……」
琴姫が拳を突き出そうとした瞬間、天から八つの矛が飛来し、彼女を取り囲むように床に突き刺さった。
八つの矛の柄先から聖光が迸り、空間に奇妙な星の陣形を描き、琴姫を拘束する。
「オクタグラム……八芒星か……珍しい呪式を使うものだ……」
琴姫が八芒星の呪縛に囚われている一瞬の間に、Dとランチェスタの姿はこの場から完全に消失していた。
役目を終えたとばかりに、聖光の八芒星が消えると同時に八つの矛もこの場から最初から無かったかのように消え失せる。
「さてと……」
琴姫は体の自由が戻ったのを確認すると、何もない虚空に視線を向けた。
「ふむ……この宇宙のどこにも存在せぬと? では、別宇宙にまで逃げ……いや、プライベートワールドか? なんと、よりにもよってあそこか……これでは割に合わぬな、良かろう、その二人は貴様にくれてやろう、知の蒐集者(しゅうしゅうしゃ)よ」
琴姫は、遠い彼方の誰かに語りかけるように呟いた。
「では、後は任せたぞ、琴姫よ……」
ガクリと、糸の切れた人形のように、琴姫の動きが止まる。
「……私は貴方の人形(物)……いつでも貴方と共に……」
琴姫は再起動……再び動き出すと、足下の琴を拾い、部屋の外へと歩き出した。



「流石に、ここまで追ってくる気はないか……まあ、雑魚に執着して主目的を取り損なう危険をおかす程、馬鹿じゃないってことね〜」
修道女は何もない、上下も、果てすらない真っ白な空間に漂っていた。
彼女のすぐ目の前にはダルク・ハーケンが、少し遠くの空間にはランチェスタとDが浮いている。
「……此処はどこですか? 魔皇の動きすら封じる貴方は何者ですか?」
「あ、気を失ってなかったの? う〜ん、面倒臭いわね、説明するの〜」
ランチェスタを抱きかかえると、Dは修道女の前にまで移動した。
「しかも、意識しないと地面もないこの空間で普通に歩けているし……」
「この手の類の空間になら馴染みがありますので……ですが、このような空間は知りません、ただの閉鎖空間、プライベートワールドと呼ばれるものとこの空間は明らかに違いますわ……あくまで直感的なものですけど……」
Dは少し自信なさげに呟く。
「ええ、その直感は正しいわ。ここは一言で言うなら、テオゴニアの『中』よ」
「なっ!?」
修道女がさらりと言った発言に、Dが絶句した。
「『根元』とも『混沌』とも呼ばれるけど、より正確にここを現す言葉は『虚空』。ここには何でもあるから、何もないのよ」
修道女は何もない空間に椅子でもあるかのように腰掛ける。
「アカッシク・レコード……?」
「そうね、西方でそう呼ばれる概念はおそらく、ここが元になっていると思うわ。でも、西方のアカッシク・レコードと違って、ここには未来のことは記されていない。記されているのは、現時点……私が生きている時代までのこの世全ての知識だけ、たったその程度よ」
「その程度……」
「テオゴニアとはページの尽きぬホワイトノート(白帳)、容量に限界のないデータバンクに過ぎないのよ。未来まで解ると誤解されたのは、過去の全てのデータがあるから、未来を計算予測することが容易いからよ」
「なるほど……確かに容易いでしょうね……そして、的中率も限りなく100%になるはず……」
「私の仕事は、テオゴニアが無差別に蒐集(しゅうしゅう)してくる知識……データを『整理』すること、例えばこんな風にね」
修道女の右手に一冊の辞典のように分厚い黒い書が出現した。
「本のラベルを見てご覧なさい〜」
「……D?」
「そう、これはあなたに関するデータだけを集めて作った本、あなたのことなら、あなた自身すら知らない情報が載っているわ。読んでみる?」
「……遠慮しますわ。わたくしは別に『知らないこと』に興味ありませんので……」
「そうね、それが利口だわ。知らない過去や忘れた過去は、興味がないなら、知らないままで居た方が幸せだものね……あなた、よく解っているわ」
修道女は一瞬微笑を浮かべると、Dの書を掻き消す。
「で、どうするの? 何となくあの無粋者に何もかも台無しにされるのが嫌で助けちゃったけど、本来、私が用があるのは彼だけなんだけど……」
修道女の視線は意識を失って漂っているダルク・ハーケンに向けられていた。
「そうですわね……あの方のことですから、もう、わたくし達には執着どころか興味も失せているでしょうが……しばらくここに匿っていただけると助かりますわ、せめて、ランチェスタが最低限の回復をするまで……」
「そう、じゃあ、好きなだけ居ていいわよ〜。それにせっかくだから……」
修道女がパチンと指を鳴らすと、何もなかった空間を、無数の巨大な本棚達が占拠していく。
「ランチェスタちゃんが目覚めるまで、暇潰しに読書でもしていたら? 私達が整理した分までの知識しかまだ本(データブック)化してないけどね」
「……達?」
「じゃあ、私はこれからダルク・ハーケンとらぶらぶプライベートな話があるから、これで失礼するわね。用があったら呼んでね」
修道女が僅かに右手の人差し指を動かすと、ダルク・ハーケンが見えない力でもあるように、彼女の元まで引き寄せられた。
「では、ごきげんよう」
修道女とダルク・ハーケンの姿がゆっくりと薄れていく。
「待ってください! 呼ぼうにも貴方の名は……?」
「ディアドラ・デーズレ、それが今の私の名よ」
名乗りと同時に修道女ディアドラとダルク・ハーケンは完全に掻き消えた。






第139話へ        目次へ戻る          第141話へ






一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



簡易感想フォーム

名前:  

e-mail:

感想







SSのトップへ戻る
DEATH・OVERTURE〜死神序曲〜